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2012年9月19日 (水)

子午線のまち

これからはボチボチと、新しい任地となった明石市や、
その周辺のご紹介してゆきたいと思います。

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明石市は兵庫県の南部、瀬戸内海に面した都市で、人口は29万人。
明石海峡を挟んで、淡路島の北端と向かい合っています。

気候はいわゆる瀬戸内式気候で、年間を通して温暖・少雨で日照時間が長く、
一般の勤め人である私にとっては、かつての任地・岡山に似た住みやすい街です。

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【明石の門にかかる明石海峡大橋】

古代から阪神と播磨を結ぶ陸上交通、淡路島と四国の海上交通の要衝として開かれ、
柿本人麻呂らによって、多くの歌が詠まれた風光明媚な地でもあります。

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【JR明石駅前「ようこそ明石へ」のモニュメント】

万葉集巻三雑歌の部には、柿本人麻呂の「覊旅の歌八首」が並べてられており、
いづれも瀬戸内海をゆく船旅の途上詠まれたものと思われますが、
そのうち二首に、地名としての「明石」が詠みこまれています。

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【JR明石駅】

「天離る 鄙の長道を 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ」

「燭火の 明石大門に入らむ日や 榜ぎ別れなむ 家のあたり見ず」

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【明石銀座商店街】

明石と淡路島との間にある明石海峡は、古来より「明石の門」或いは「明石大門」と呼ばれ、
約4kmの海峡は潮流が早く、万葉の頃の旅人には危険な旅でありました。

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【明石港①】

西に向う旅人にとっては、ここ「明石の門」を越えれば、
大和の山々の姿はついに見えなくなり、いよいよ都を離れるという思いを味わったであろうし、
帰京の旅人にとっては、ようやく都に戻り家族に会えるといった、望郷の念にかられたことでありましょう。

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【明石港②】

このように長い歴史を持つ明石ですが、その名を日本国中で知らしめているは、
何と言っても「子午線のまち」としてではないでしょうか。

明石市の真上を通る東経135度の子午線が、日本における時刻の標準、
すなわち日本標準時を定めるための子午線となっており、
このことは小学校の教科書に必ず登場します。

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【明石港③】

明石市立天文科学館のHPによると、
東経135度子午線上にある市は、明石市を含む12市。

北から京丹後市、福知山市、豊岡市、丹波市、西脇市、加東市、小野市、三木市、
神戸市西区、明石市、淡路市、和歌山市を東経135度子午線は通っているのですが、
その中で明石市が、明治43年(1910)に日本で最初に標識を建てたことから、
「子午線のまち」となったようです。

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【人麻呂を祭る柿本神社】

天文科学館はまさに東経135度子午線の真上に建てられており、
日本標準時を刻む大きな塔時計が設置されています。

初代塔時計が設置されたのは昭和35年(1960)。
その後、1978年に設置された2代目は、平成7年(1995)の阪神・淡路大震災で破損・停止。
その時計は撤去され、現在は神戸学院大学で展示されています。

現役の塔時計は3代目となり、初代・2代目同様、服部セイコーからの寄贈です。

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【明石市立天文科学館】

この天文科学館には、もう一つ有名な施設があります。

館の2Fにあるカール・ツアイス・イエナ社製のプラネタリウムは、現役のものとしては国内最古。
阪神・淡路大震災でもこの館で唯一被害を免れ、1960年の稼働以来、今も元気に活躍中です。

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【カール・ツアイス・イエナ社製のプラネタリウム】

この日は、嫁さんと高校生の娘2人が遊びにきており、4人でプラネタリウムを鑑賞しましたが、
私は満点の星空のもと、心地よいリクライニングシートの上で、
瞬く間に夢の世界に入ってしまいました。

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