天まで駆けよ!
少々古いお話になりますが、どうか御容赦を。
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5月5日はGW中唯一のお休みの日だったので、
毎年4・5日の両日に行われている多度大社の例祭に行ってきました。
期間中、大社の内外で数々の神事がとり行われますが、
中でも「上げ馬神事」は祭りの花形。
全国から多数の観光客と報道陣が押し寄せ、
境内は人で埋め尽くされると聞き、
人ごみは苦手なのですが、観覧場所を確保すべく、
養老鉄道に揺られて早めに現地入りしました。
桑名市の北西、多度町に鎮座する多度大社は、
五世紀後半、雄略天皇の御代に社殿が創建されたと伝えられる古社で、
「延喜式」神名帳にも、桑名郡十五座の中に「多度神社名神大」とあり、
いわゆる延喜名神大社の社格を誇る神社です。
奈良時代末期の天平宝字7年(763)には、多度の神のご託宣を受けた満願禅師が、
多度菩薩を中心とした三重塔二基・法堂・僧房からなる神宮寺を建立、
後に国分寺に準ずる扱いをうけ、寺院70房・僧侶300余を数える大寺院となりました。
しかし、元亀2年(1571)に織田信長の兵火により、
社殿・宝物殿をはじめ神宮寺の伽藍も焼失。
一時は荒れるに任せた状態となっていました。
南北朝時代の暦応年間に始まったと伝えられる「上げ馬神事」も、
これ以降、約30年余り中断されることに。
その後、徳川家が天下を取り、太平の世を迎えると、
桑名藩主本多忠勝・忠政の支援により社殿も徐々に復興され、
中断されていた「上げ馬神事」も、この頃再開となったようです。
桑名藩主が松平家に替わった後も、多度大社は桑名の守護神として厚く崇敬され、
社殿の造営・社領の寄進が度々行なわれました。
また、伊勢参宮の人々が、併せて此処にも参詣したために、
別名を北伊勢大神宮とも呼ばれるようになり、
「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば片参り」と、
俗謡に歌われるほどに賑わったようです

【精悍】
そもそも「上げ馬神事」は、武家・豪族が取り仕切る祭事でしたが、
信長の兵火による中断以降は、御厨(神饌を供える地区)の人々が奉納する行事となり、
以来、今日に至るまで連綿と続けられています。
現在、神事を奉納する御厨は7地区で、、
占いによって各地区から、神児1名・乗り子(騎手)6名が選ばれます。
騎手を出す6地区からは、祭馬が各地区3頭、合計18頭が準備され、
毎年入れ替わる花馬(その年最初に上げ馬を行う地区)の指示により、
祭りが進められて行きます。
今年の花馬は戸津で、
その後は北猪飼・猪飼・力尾・多度・小山の順に上げ馬が行われました。
ちなみに、乗り子の衣裳は4日が陣笠裃姿、5日は花笠武者姿でした。
「上げ馬神事」は、人馬が一体となって3mあまりの絶壁を駆け上がる勇壮な神事。
大変な危険を伴うことから、祭の奉仕者は神の御加護が得られるように、
昔ながらの精進・潔斎に努めなければならないのだそうです。
乗り子を努めるのは16歳前後の少年達。
毎年、4月1日に神占いが行われ、
その結果選ばれた6名の乗り子は、すぐさま乗馬の練習を開始します。
たった3週間で馬を全力疾走させれるように乗りこなさなければならず、
朝の4時には起きて、毎日1時間以上の練習を続けるそうです。
その後、4月26日からは更に厳しい精進が待っています。
肉や加工した食べ物は駄目、そもそも、他人が作った物は駄目。
その為、食事は家族とは別に自分で作らなければならず、
米、魚、野菜が中心の食事で、学生の場合は弁当も自作です。
寝具まで新調され、一切の穢れがつかないようにと精進しながら、
上げ馬までの約一ヶ月を過ごし、気持ちを高めてゆきます。
そして迎えた本番。
前日4日は、6地区が各2回、計12回上げ馬を行い、
その結果は、成功が力尾の2回と多度・小山の各1回。
成功の確立は4/12でありました。
乗り子と馬は一体となり、100m余りの馬場(助走路)を猛烈な勢いで駆け抜け、
境内に作られた急勾配を駆け上がり、最後は絶壁の上めがけてジャンプ!!
花馬の戸津、見事成功しました。
境内は割れんばかりの拍手と喝采。
私はその雄姿を間近に見て、思わず泣きそうになってしまいました。
その後の4地区は続けて失敗。
そして、最後の小山が成功し、今年の上げ馬が全て終了しました。
余りの迫力に、手ぶれ、ピンボケを連発。
写真の成果はイマイチでしたが、
祭りの熱気で、心地よい高揚感に浸ることが出来ました。
上げ馬が終わると、境内では「楠廻り」という行事が執り行われ、
その後、神社より担ぎ出された神輿とともに、
乗り子と馬、御厨の人々は須賀の馬場(2.5km南東の御旅所)向かいます。
行列が須賀の馬場に到着後、そこで流鏑馬等の神事が行なわれ、
終了後、再び神輿が神社に戻れば例祭は全て終了となります。
残念ながらタイムリミットで須賀の馬場までは行けず、
途中の多度駅から帰路に着きました。
多度の「上げ馬神事」では、古くは農作の時期や豊凶、
最近では景気の好不況などが占われています。
馬が上がるか、上がらないか。
それは、きっと時の運。
そんな事より、御厨の人々が大変な労力でこの祭りを支え、
地域が一丸となり伝統を守っていることこそ、
価値ある事なのだと思いました。
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コメント
この多度大社の上げ馬神事は東海地方ばかりでなく全国的にも知られています。
もうかなり昔に二度見物したことがありましたが
見る側もひどく緊張したことを思い出しています。
失敗した乗り子のドキュメンタリーをNHKでやってましたね。
投稿: sansenkiso | 2009年5月19日 (火) 09時57分
yufukiさんの写真だけでハラハラしてしまいました、一度見てみたいです。
投稿: ケン | 2009年5月19日 (火) 14時49分
sansenkisoさん
テレビで見て、一度生で見てみたいと思っていました。
迫力に押されて、写真は手振れピン暈けの嵐でしたが、
久しぶりに気分が昂揚しました。
投稿: yufuki | 2009年5月21日 (木) 08時12分
ケンさん
本当にハラハラ、ドキドキ。
上がった時は鳥肌が出るほどでしたよ
投稿: yufuki | 2009年5月21日 (木) 08時13分
ニュースか何かでこの祭りの映像を見た記憶があります
写真、迫力がありますね。すごいです
現場にいたら(*^o^*)ドキドキ(*゜O゜*)バクバクでしょうね。
馬たちの怪我はないんでしょうか?
馬を写しに行きたいと思っていますが
中々競馬場へ一人で行く勇気がありません
パドックなどでパチ /■\_・) カメラ してていいのかどうかも知らないです。
投稿: のら | 2009年5月25日 (月) 22時16分
のらさん
私も見ていてハラハラしましたが、馬は意外と大丈夫そうでした。
毎年5月10日頃に、三重県のいなべ市では草競馬が行なわれます。
馬が蹴上げた砂がかかるほど近くで、競馬が見られるそうです。
来年は是非行きたいと思っています。
投稿: yufuki | 2009年5月30日 (土) 01時04分