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2009年4月 6日 (月)

新天地より

ご無沙汰しております。

今春の人事異動でまたまた転勤になり、
旧任地高崎から、3月21日より新たな任地に移り住んでおります。

いつもの事ながら、自室のネット環境を整えるのに時間を要し、
引越し後15日目にして、やっと更新が出来るようになりました。

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【揖斐川河口付近】

今回の任地は桑名市。

中京地方の中心地・名古屋市から25km圏に位置し、
近年はベッドタウンとして宅地開発が進められている三重県北部の都市です。

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【揖斐長良大橋】

明治22年(1890)の市町村制導入以降、
三重県北部の幾多の町村の合併を経て、桑名市・多度町・長島町が成立。

現在の桑名市は、平成16年(2004)にはこの1市2町が合併し誕生しました。

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【ナガシマスパーランド】

世帯数53,423、総人口142,157は三重県下では5番目の規模(※1)。

金属・機械工業が盛んで、古くからの鋳物の産地として知られているほか、
純国産レジャーランドの雄「ナガシマスパーランド」や「なばなの里」など、
優れた観光資源を擁する観光都市の側面も併せ持っています。

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【絶叫マシン「ホワイトサイクロン」】

「くわな」の呼称は古く、漢字以前に遡ると言われており、
仮名では「久波奈」の字が当てられていました。

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【長島沖干潟】

由来は諸説あるようですが、
この地の開発の祖・桑名首(くわなのおびと)から来ているという説が有力です。

ちなみに、桑名首の祖神である天津彦根命は、
今でも桑名の鎮守として春日神社に祭られています。

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【蛤捕り】

「桑名」の文字が見られる1番古い文献は「日本書紀」。

天武元年(672)に起こった壬申の乱の際に、
大海人皇子が吉野から不破の関に向かう途上、
桑名郡に立ち寄ったと記されています。

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【長島沖を行く漁船】

その際、同行していた妃の菟野皇女は、
乱が終わるまでの約1月間を桑名で過ごしました。

そして、乱は終結。

勝利した大海人皇子は即位して天武天皇、
菟野皇女は皇后となります。

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【揖斐川岸:浜地蔵堂の常燈明台】

天武天皇は、壬申の乱で功績を上げた地方に寺院建立の許可を出したので、
桑名にも浄蓮寺(現在は廃寺:桑名市額田笹貝)が建てられました。

また、天平12年(740)には、聖武天皇が藤原広嗣の乱から逃れる途上で桑名に入り、
「石占の頓宮(いしうらのとんぐう)」に滞在されたという記録も残っています。

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【長良川河口堰】

室町期になると、桑名神社(現:春日神社)を中心に「十楽の津」と呼ばれる楽市が開かれるようになり、
桑名は堺・博多・大湊と並ぶ日本屈指の貿易都市として賑わいます。

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【九華公園(桑名城跡)の本多忠勝像】

その後、江戸期の慶長6年(1601)には、
57度もの合戦に出陣し、一度も傷を受けることなく戦い抜き、
後に徳川四天王と称されることになる本多忠勝が桑名城に入城。

桑名藩11万石の城下町としても更に発展してゆきます。

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【桑名城堀跡:06年5月撮影】

この当時桑名は、木曾・揖斐・長良の三川が合流する水運の要衝、
また、陸運では東海道42番目の宿駅として、
全国から物資が集まる流通の一大拠点となり、繁栄の極に達しました。

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【桑名城堀跡】

しかし、その後の桑名は度重なる不幸により、歴史の表舞台から姿を消します。

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【鈴鹿山脈に沈む夕日】

まずは、元禄14年(1701)と享保4年(1719)の2度の大火で城下町の殆どを消失。

更に幕末には、佐幕派一会桑体制(一橋慶喜・会津藩・桑名藩)の拠点と見なされ、
桑名城は明治政府によって徹底的に破壊されてしまいます。

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【揖斐川岸:住吉神社】

維新後は、廃藩置県によって桑名藩は桑名県となりましたが、
その後、近隣の県との合併によって安濃津県(現:三重県)となり、
桑名の町はその一部に加えられます。

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【揖斐川岸:ジョギングの女性】

その後、近代に入っても、昭和20年(1945)の太平洋戦争の戦火、
昭和34年(1959)の伊勢湾台風などで大被害を受け、
現在の桑名市街には昔日の面影はありません。

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【JR揖斐長良鉄橋】

この様に、近世以降の桑名の歴史は決して平穏なものではありませんでしたが、
前述のように、近年は名古屋のベットタウンとして賑わいを取り戻しつつあるようです。

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【揖斐川岸:桜】

今回は、桑名の町の成り立ちをざっと紹介しましたが、
着任して約2週間、ちょっと調べただけでも訪れたいスポットが目白押し。

近県の愛知や岐阜を併せると、何ぼ時間があっても足りまへん。
今回の転勤生活も退屈しないで済みそうです。

(※1) 三重県下で人口が最大の都市は四日市市で約30万人。
    続いて津市約29万人、鈴鹿市約19万人、松坂市約17万人となっています。

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