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2007年11月24日 (土)

観音さまの丘

御無沙汰いたしております。

本日の写真は、11月15日の撮影です。

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高崎市街地から西方に約2km行くと、標高200m程度のなだらかな丘陵がひろがっています。

この丘陵地、正式には「岩野谷丘陵」と言うらしいのですが、
私の知る限りにおいては、全ての地図や案内には「高崎観音山」と記されており、
その頂上部(標高212.4m)には、ビックリするほど巨大な観音像が建てられています。

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【白衣大観音①】

この観音像は「白衣大観音」と呼ばれており、昭和9年(1934)に行われた陸軍特別大演習の際、
高崎市内の実業家井上保三郎氏が単独で昭和天皇に拝謁できたことを記念して、
観光都市高崎の発展・陸軍十五連隊戦死者の慰霊・社会の平安などを祈願して建立したものだそうです。

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【白衣大観音②】

高さ41.8m、重さ5985tの観音像は当時は世界一の大きさ。
コンクリート造りの胎内は9層からなり、各層あわせて20体の仏像が安置されてます。

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【白衣大観音③】

像の原型は、伊勢崎市の鋳金工芸家森村酉三氏が制作し、
完成した原型を池袋にあったアトリエから、
日本橋の井上工業東京支店まで自転車で運んだのが、
井上工業に入社して間もない田中角栄元首相であったという逸話が残っています。

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【白衣大観音④】

着工から2年余り後に完成し、昭和11年(1936)に開眼法要が営まれました。

翌年の昭和12年(1937)には、高崎観光協会が設立され、
昭和13年(1938)に、高崎市が井上工業から観音像を譲り受けると共に、
観音像を中心とする観光地化事業が開始されました。

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【白衣大観音⑤】

そして、昭和16年(1941)には、高野山真言宗慈眼院が現在の場所へ移築、
以来、白衣大観音が同院本尊の前仏となりました。

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【慈眼院】

慈眼院の歴史は古く、遠く寛喜年間(1229~32)に遡ります。
鎌倉幕府二代執権の北条義時の三男、重時が創建、
長らく学問寺として高野山内にありました。

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【慈眼院本堂】

移築の経緯はよく判りませんが、
前仏が先にあって、そこに本尊・本堂が後から越してくるというのも、
珍しいんじゃないかと思います。

やはり、日本一の観音様と言えども、
それなりの権威付けが必要だったと言うことでしょうか。

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【ひびき橋】

開眼から60年後、平成7年(1996)には大修復が完了し、
還暦を迎えた観音様は美しく生まれ変わりました。

そのご尊顔は、穏やかで高貴。
今後も高崎の街を、限りない慈悲で見守ってくれる事でしょう。

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【洞窟観音入り口】

白衣観音のほど近くに、もう一ヶ所、観音様にまつわる名所があります。

その名は「洞窟観音」。

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【洞窟観音坑道※ぶれぶれ!】

高崎市内の呉服商山田徳蔵氏が全資産と生涯を投げ打って、
浅間山の溶岩でできたこの丘陵の中腹を彫り抜き、
その中に建設した観音霊場です。

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【洞窟観音内部】

徳蔵翁は、昭和2年(1927)の着工以来、昭和38年(1963)に80歳でこの世を去るまで、
この事業に情熱を注ぎ続けたそうです。

洞窟内の400mにわたる坑道には、昭和の名工・高橋樂山氏の手による36体の石彫観音像が、
巨岩奇岩に囲まれるように安置され、深山幽谷の趣をかもし出しています。

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【山徳園:山田徳蔵記念館】

昭和になって行なわれた、この2つの観音事業によって、
この丘陵が「高崎観音山」と呼ばれているのかと思いきや、
どうもそうではないようです。

実際は、古く平安時代初期にこの丘陵に建立された清水寺(現存)が、
本尊に千手観音をまつっていたことに由来しているそうです。

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【山徳園の紅葉】

今回は清水寺には立ち寄ることができませんでしたが、
「高崎観音山」は、まさに観音様づくしの御山でした。

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2007年11月10日 (土)

流れは変わるのか?

草津温泉街からの帰路、名勝として名高い吾妻渓谷に立ち寄りました。

吾妻渓谷は、吾妻川に架かる雁ガ沢橋から八ツ場大橋までの約4kmにわたる渓谷で、
太古の昔、火山が噴きだした溶岩を吾妻川が浸食してできたものと考えられています。

JR吾妻線川原湯温泉駅から、国道146号線沿いに約2kmの遊歩道が整備されており、
手軽なハイキングコースになっています。

紅葉は盛りを過ぎた感じでしたが、流れに沿って狭い道をたどっていくと、
奇石や小さな滝などが次々と現れ、表情豊かな渓谷美を楽しむことができました。

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【吾妻渓谷①】

約50分程で遊歩道の終点に到着。

そんなに険しい道ではありませんでしたが、歩きなれない家人はバテ気味。
仕方なく、車を止めた駐車場へは平坦な国道を歩いて戻ることにしました。

しばらく歩くと、異様に大きな立て看板が。
それを読んで初めて、この地で進められている驚くべき計画を知ることになりました。

なんと、この吾妻渓谷の一部と隣接する川原湯温泉街がすべてが、
ダム建設によって近い将来水没してしまうというのです。

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【吾妻渓谷②】

えっ!何で!と思い、帰宅後少し調べてみました。

建設されるダムの名は、八ッ場(やんば)ダム。
恥ずかしながら、初耳でした。

地元の反対運動が激しい為、「東の八ッ場、西の大滝(紀ノ川)」と呼ばれ、
ダム建設問題のシンボル的な存在になっているそうです。

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【吾妻渓谷③】

国土交通省の「八ッ場ダム工事事務所」のHPによると、
八ッ場ダムは、堰堤の高さ131m・幅336m、貯水量1億㎥の重力式コンクリートダムで、
利根川水系では、高さでは4番目、貯水量では3番目の規模だとか。

建設の目的は、主に下流域の洪水対策。
昭和22年(1947)のカスリーン台風による大被害が、計画の契機となったそうです。

また、年々増え続ける首都圏の水の使用量増大に対応する為の水資源開発も兼ねているとのこと。
利水計画策定にあたっては、利水基準年を昭和35年(1960)として、
平均5年に1度の割合で発生する渇水に対処出来るように計画されているそうです。

しかし、50年近くも前に計画されたダムが、現在も本当に必要なんでしょうか?

田中康夫氏は、長野県知事時代に脱ダム宣言で一世を風靡しましたが、
私は何が何でもダムは反対という立場ではありません。
あくまで、ダムが必要とされる理由と強いられる代償の釣り合いの問題だと思います。

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【吾妻渓谷④】

この近辺はイヌワシ、クマタカ等の希少猛禽類の生息地。
工事事務所によれば、専門家の指導を受けながら詳細な調査を実施し、
生態系に配慮した工法を採るとの事ですが、完成後については何もありません。

その後の水質変化は?水量変化は?
この事だけでも、生態系に与える影響は計り知れないものがあると思います。

言うまでも無く、吾妻渓谷は草津白根山などの火山と、
吾妻川が何億年もかけて作り出した自然の宝庫です。

相当に逼迫した事情出なければ、一旦壊れてしまえば元には戻らない貴重な財産を、
近視眼的な考えで壊してはなりません。

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【吾妻渓谷⑤】

また、貴重な自然への打撃だけでなく、
多くの人々の生活を直撃するダム計画でもあります。

地元・長野原町の水没世帯数はなんと340世帯。
前代未聞の数字だそうです。

800年の歴史を持つ川原湯温泉街の旅館17軒と商店17軒、
JR吾妻線も国道145号もすべて水没してしまいます。

このような代償を払って、50年前の計画に沿って今、
ダム建設をする必要があるとは、私には思えません。

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【吾妻渓谷⑥】

ダム推進派の方々は、下流域の洪水調整を訴えているようですが、
50年前と違って、河川の改修や防災対策等で以前より洪水の脅威は減っているはず。
水需要にしても、本当に渇水期と言えるのは年間の数日間。
それも、給水制限でやり繰りできる程度のもので、それほど逼迫してはいません。

「沢の水を引いた簡易水道を大切に使って平穏に暮らす山里が、
水を大量に使って快適な生活を享受している都会のために、
なぜ一方的に犠牲を強いられるのか。」

これは、ダム建設計画が発表された当時の地元の方々の声です。
もっともな意見だと思います。

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【吾妻渓谷⑦】

また、「恩恵」を受ける下流域・首都圏の人々も、本当にダムを望んでいるのでしょうか。

八ッ場ダム自体の事業費は4,600億円。
この時点で、日本一高価なダムとなります。
さらに、地域振興事業などを含めた総事業費は5,850億円にものぼります。

しかも、これらの事業費のほとんどは起債によってまかなわれるので、
利息をも含めた国民負担の試算はなんと総額8,800億円!!

事業費8,800億円の内訳をみると、150億円が受益者負担、
4,050億円が地方税と水道料金、残りの4,600億円が国税として全国民が負担します。
ちなみに、地方の負担の内訳は東京都1,300億円、埼玉県1,205億円、千葉県750億円、
茨城県400億円、群馬県380億円、栃木県15億円となっています。

莫大な借金を抱える国や自治体に、さらに多額の費用負担が強いられます。

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【吾妻渓谷:葉っぱ】

本当に必要なのは、ダムか節水か?
ダムの本体工事は未着工ですが、すでに1,300億円がつぎこまれています。
しかし、それが無駄金になったとしても、中止する勇気が必要ではないでしょうか。

現在、八ッ場ダム建設に対する公金支出差止を求める住民訴訟が、
先述の1都5県の地方裁判所で審議されています。

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2007年11月 6日 (火)

湯の畑

前回からの続きです。

草津温泉は標高約1200m、白根山中腹にある温泉で、
兵庫県の有馬温泉、岐阜県の下呂温泉と並んで日本三名泉と称されています。

現在も、多数の旅行関連の雑誌やサイトが主催するアンケートで、
人気ランキングの上位に名前が挙がる日本屈指の温泉郷です。

その歴史は古く、東征した日本武尊が発見したという説や、
行基上人説、源頼朝説など、多数の開湯伝説が残っています。

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【草津温泉:湯畑①】

直接の史料としては、文明4年(1472)に蓮如が訪れたときのものが最古の記録。

当時、越前にいた蓮如が関東で布教活動をした際に、
信州・西厳寺の住職に案内されて草津を訪問し、1ヶ月程逗留したという記録が残っています。

この記録から、当時にはすでに全国に名の知れた湯治場となっていたことが伺えます。

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【草津温泉:湯畑②】

草津の地名由来については、2通りの説があるようです。

草津町温泉資料館の説明によると、1つ目の説は温泉の強烈な硫黄臭から、
「臭(くさ)水(うず)」が変化して草津になったという説。
2つ目は大般若経の中の一文、「南方有名是草津湯」より来ているという説。

今となっては真偽の程は判りませんが、あの匂いを嗅いだばかりなので、
個人的には「臭水」なんじゃないかなと思います。

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【草津温泉:湯畑③】

泉質は、硫黄成分を多く含んだ非常に酸性度の高い温泉で、そのPH値は2.1。
ちなみにPH2というのは食酢・レモン汁などと同等の酸性レベルです。

その為、草津の湯は殺菌作用が高く、神経痛・関節痛・慢性消化器病・冷え性などと並んで、
切傷や火傷などの外傷治癒も効能に上げられているのだそうです。

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【草津温泉:湯畑④】

明治11年(1878)、日本政府の招きで来日したドイツ人医師・ベルツ博士が草津を訪れた際に、
ヨーロッパにはない独特の泉質や効能、入浴法に興味を持ち、
その有効性をドイツ医学界に発表しました。

こんな土地がもしヨーロッパにあったとしたら、
カルルスバード(現チェコ、カルロビ・ヴァリ)よりもにぎわうことだろう。

博士が草津温泉を評した言葉です。

草津を愛した博士は、明治38年(1905)にドイツに帰国されるまで、
当地を理想の温泉郷とするべく尽力されました。

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【草津温泉:湯畑⑤】

また、温泉の湧出量も豊富で、草津町の中には約100箇所の泉源を合わせると、
毎分37,000㍑といわれています。

ちなみに、全国の温泉地別湧出量ランキングは以下の通り。

1位 別府温泉     95,000㍑/分
2位 奥飛騨温泉   44,000㍑/分
3位 湯布院温泉   40,000㍑/分
4位 草津温泉     37,000㍑/分)
5位 伊東温泉     35,000㍑/分

しかし、これらの数字はポンプで汲み上げした湯量も合算されており、
自然湧出量では草津温泉が日本一だということです。

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【草津温泉:西の河原公園】

写真にある「湯畑」は、言わずと知れた草津温泉のシンボル。
この「湯畑」だけで、4,500㍑/分(ドラム缶25本分!!)のお湯が湧き出しています。

ここから湧き出す温泉は高温(約70℃)のため、そのまま入るのは無理。
そこで、7本ある木樋の中を通し、空気に触れさせ温度を冷ましているそうです。

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【草津温泉:足湯「湯けむり亭」】

「湯畑」のもう一つの機能は、湯の花の採取装置。
「湯畑」という名前も、湯の花が採れる畑というところから来ているようです。

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【草津温泉:白根神社】

熱い温泉が、空気に触れて冷却されることで硫黄成分が析出し、
木樋の底に白く沈殿します。

これを2ヶ月に1度、乾燥させて採取したものが湯の花で、
そのほとんどは硫黄成分だそうです。

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【白根神社境内にて】

木桶を通ったお湯は、最後には湯の滝となって流れ落ち、
その後、配管を通って近隣の各共同浴場や旅館等に供給されてゆきます。

お湯が怒涛のように流れ落ちる様は、もうもうと湧き上がる湯煙と相まって迫力十分。
さすが、日本一の温泉だと思いました。

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【当日の宿】

当方が利用した宿は「湯畑」にほど近い、部屋数6の小さな旅館。

大規模観光旅館にはないアットホームなもてなしをしていただき、
家人ともども大満足のお宿でした。

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2007年11月 5日 (月)

エメラルドの湖水

今月の2日~3日にかけて、滅多にない連休が取れたので、
大阪から家人を呼び、草津温泉に一泊二日で出かけて来ました。

温泉好きの家人は群馬に転勤が決まった時から、
「草津よいとこ~一度はおいで♪」と鼻歌を歌っており、
もし、在任中に一度も連れて行けないような事態になると、
その後の夫婦関係に悪影響を及ぼす危険性があるので、
早めにノルマを達成しておくことにしました。

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【紅葉:道の駅「草津運動茶屋公園」にて①】

高崎から草津温泉街までは、車で約2時間あまりの道のり。

AM9:00に出発し、車窓から見える紅葉を楽しみながら快調なドライブ。
AM11:00には現地に到着となりました。

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【紅葉:道の駅「草津運動茶屋公園」にて②】

渋滞もなく、スイスイと現地入り出来たのは良かったのですが、
温泉に浸かるということ以外に何の計画もなかった私たちは、
予想以上に早い到着で、時間を持て余すことになってしまいました。

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【草津の山々】

そこで、温泉街にほど近い「道の駅」の観光案内所で、
近隣のおすすめの観光地は?と尋ねたところ、
すぐ近くに草津白根山があるとのこと。

草津白根山(※1)も、先日訪ねた赤城山と同じく、
車で山頂付近まで登れるということなので、
とりあえず、行ってみることにしました。

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【白根山の看板】

草津温泉街を通り抜け、九十九折の国道292号線を約30分走ると、
白根山麓のレストハウスに到着。

そこからは徒歩で、山頂付近にある火口湖を目指します。

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【白根山火口壁】

レストハウスにあった資料によると、
白根山は、3000年前の噴火後は暫らくは安定期に。
しかし、明治15年(1882)の噴火以降は再び活性化し、
近年まで水蒸気爆発を幾度も繰り返している筋金入りの活火山です。

山頂(2160m)付近には、「湯釜」「水釜」「涸(から)釜」と呼ばれる3つの火口湖があり、
中でも、「湯釜」は草津観光のハイライトの1つとなっているようです。

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【立ち枯れの樹】

「湯釜」を目指して歩き出した途端、自身の計画性の無さを後悔することに。

山に登ることなど全く想定せず、「のんびり温泉♪」の計画しかなかった私たちは、
同じように火口湖に向かう人たちと比べると、明らかに軽装でした。

家人にいたっては、関西の気温の感覚しかないために著しい薄着で、
周囲の視線と寒さに堪えながら、約500mの坂を登る羽目となりました。

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【湯釜①】

しかし、約10分で坂道を登りきると、そこには暫し寒さを忘る絶景が広がっていました。

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【湯釜②】

エメラルドグリーンの水を湛える神秘の湖「湯釜」は、その美しさとは裏腹に、
いかなる生命をも寄せ付けない死の湖でもあります。

現在の「湯釜」の酸性度はPH1.2。
世界一酸性度の高い湖だそうです。
ちなみにPH1で、バッテリー電解液と同等のPHだとか。

「湯釜」の周囲は草一本も無く、白茶けた火口壁が湖水と美しい対比を見せていました。

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【弓池園地①】

その後は、寒さで歩く気力をなくした家人をレストハウスに残し、
国道292号線を挟んで、「湯釜」とは反対方向に広がる湿原「弓池園地」を独りで散策。

美しく整備されたボードウォークを足早に一巡りし、ほどほどに撮影は終了。

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【弓池園地②】

独りでとり残され噴火寸前になった家人と合流し、再び草津温泉街へと向かいました。

(次回、「湯の畑」へと続きます。)

(※1)草津白根山⇒白根山(2160m)・逢ノ峰(2109m)・本白根山(2171m)の3つの峰の総称。

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