« 古代東国の中心地 | トップページ | 殖産興業のシンボル »

2007年10月19日 (金)

上野国一之宮

今回も、いささか古い話になります。

今月の9日に、群馬県南西部の富岡市に行って来ました。
お目当ては上野国の一之宮、貫前神社。
1400年以上の歴史を誇る県下随一の古名社です。

T_imgp2762
【楼門1(国重要文化財)】

社伝によると、物部姓磯部氏が鷺宮(さぎのみや)の地で氏神である経津主神(ふつぬしのみこと)を祀り、
その鷺宮の南方、蓬ヶ丘綾女谷(よもぎがおか・あやめがたに)に社を定めたのが安閑天皇の元年(531)とあり、
これが貫前神社創建の年とされています。

T_imgp2761
【総門】

この神社には全国的にも珍しい、2つの大きな特徴があります。

1つ目は、その社殿配置。
多くの神社の場合、社殿は参道を上った高い位置に配されていますが、
この神社の場合は、総門から参道を下った低い位置に社殿が配されています。

T_imgp3935_2
【楼門2】

階段を下って拝殿にたどり着くというのは初めての体験。
参道から社殿を見下ろしながら参拝に向かうというのも、不思議な感じがしました。

T_imgp2767
【拝殿1(国重要文化財)】

特殊な社殿配置になった理由については、当地に多い雷を避けるためなど諸説あるようですが、
社地と定めた綾女谷が、古代より祭祀のうえで重要な聖地であったからだと思われます。

現在の社殿は寛永12年(1635)、3代将軍徳川家光の命によって建てられたもので、
なかでも漆塗りで極彩色の楼門・拝殿・本殿は、豪華絢爛。
江戸初期の代表的な神社建築として国の重要文化財に指定されています。

T_imgp2773
【拝殿2】

2つ目は式年遷宮が13年目毎に一度、今も行われていることです。

式年遷宮とは、社殿の新築や修理、檜皮の屋根の葺き替えなどのため、
神霊(ご神体)を本殿から他の場所に遷座させる神事で、
全国の神社で、この神事を今に伝えているのは伊勢神宮など数社しかなく、
極めて稀な例だと云われています。

T_imgp3900_2
【拝殿3】

貫前神社の遷宮祭について記録にある最も古いものは万寿2年(1025)の記録で、
「前例をもって30年を限となし造替・・・」とあり、
当時は伊勢神宮同様に本殿を造り直していたようです。

T_imgp3914 >
【拝殿と本殿(国重要文化財)】

その後、30年毎では荒廃が甚だしく、やがて7年毎の遷宮になり、
嘉永元年(1848)の「遷宮勧化帳」によれば、
天正年間に7年毎が現行の13年毎に改められとなっています。

明治以後は暦が変わったことにより、申年の12月12日に「仮殿遷座祭」、
酉年の3月13日に「本殿遷座祭」が行われるようになりました。

T_imgp3901
【本殿】

12年に一度の遷宮祭の他にも年間祭儀が71回あり、
御戸開祭(みとびらきさい)や鹿占神事(しかうらしんじ)など、
数多くの祭儀が今なお伝承されており、
古典的な神道の祭祀を知るうえで貴重な存在となっています。

T_imgp2776
【狛犬】

正月には県下NO.1の参詣客が詰め掛けるそうですが、
この時の境内に参詣客は私独り。
しんと静まり返った境内には荘厳な雰囲気が漂っていました。

T_imgp3932_2
【境内そうじのおばあさん】

普段は信仰、信教とは全く無縁の生活を送っている私ではありますが、
由緒ある神社を訪れたときにはいつも、宗教という枠組みとは別の「何か」を感じます。
撮影を終え、拝殿の前で二礼二拍子一礼、家族の無病息災を祈願し帰路についた頃には、
なんだか、落ち着いた気持ちになっていました。

にほんブログ村 写真ブログへ にほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ
最後までお付き合いいただき、有り難うございます。
ランキング参加中につき、宜しければクリックください。

|

« 古代東国の中心地 | トップページ | 殖産興業のシンボル »

コメント

やっぱり・・・・という感じです。
物部の足跡は関東に多いですね~
実はうちは神道なので(代々神主が多く出た家系です)
中央政権では蘇我氏に敗れほろんだ彼らが、こうやって地方では勢いを盛り返しているのを見るのは、ちょっと嬉しいかも。
(私の実家は浄土真宗ですが>(-_-;))

投稿: きょんち | 2007年10月20日 (土) 09時27分

きょんちさん

きょんちさんの旦那さんのお家、
神主さんのお家柄ですか。

私は神道には縁もゆかりもない家系ですが、
物部氏の祖地とも云われる河内の出身なので、「親物部派」です。
地元では物部守屋の首塚や饒速日命を奉る石切劔箭神社など、
物部氏所縁の旧跡が沢山あり、非常に興味があります。
定年後は物部研究に没頭しようかな(笑)

投稿: yufuki | 2007年10月20日 (土) 21時41分

こんにちは!!
階段を下って社殿に向かうとは、確かに珍しい配置ですね。
高いところから狙ったyuhukiさんの写真を、不思議に思いながら拝見しておりましたが、解説を読ませていただいてその謎が解けました。

投稿: kazuo | 2007年10月21日 (日) 17時33分

kazuoさん
総門から階段を下ってゆくと、立派な楼門があり、
奥に拝殿・本殿が並んでいます。
なので、楼門から拝殿に向う参道から、
振り返って見下ろした様な絵になってしまいます。

投稿: yufuki | 2007年10月23日 (火) 08時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 上野国一之宮:

« 古代東国の中心地 | トップページ | 殖産興業のシンボル »