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2006年12月15日 (金)

舟運と刀剣の里

岡山県の南東部、北を瀬戸町、東を備前市、南を瀬戸内市邑久、東を岡山市に接して、
瀬戸内市長船(おさふね)町福岡という小さな集落があります。
ここは、ちょうど山陽道と吉井川の舟運(高瀬舟)が交わる十字路にあたるため、
鎌倉時代以降、中国地方随一の商業都市として栄えました。

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【福岡の町屋】

正安元年(1299)の作で、一遍上人の布教行脚の様子を伝えた国宝の絵巻「一遍聖(ひじり)絵」にも、
すでに「福岡の市」の繁栄ぶりが描かれています。
現在の福岡は、かつての繁栄ぶりが全く想像できないような非常に静かな集落ですが、
幅員が8mもある2筋の広い幹線路と碁盤状に通った7つの小路、
虫篭窓になまこ壁の立派な町屋などに、かすかに往時の名残りを感じることができます。

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【「福岡の市」の碑】

また、備前福岡は豊臣秀吉の軍師として有名な、黒田官兵衛孝高の先祖発祥の地であり、
日蓮宗教意山「妙興寺」には、官兵衛の曽祖父・高政と祖父・重隆の墓塔が残っています。
黒田家は関が原の合戦後、九州の福崎に国替えになりましたが、官兵衛の息子である黒田長政が博多の西に築いた城を、
祖先に縁の深い備前福岡にちなんで「福岡城」としたことから、「福岡」の地名の発祥となったと言われています。
この小さな街が、大都市福岡の名前の由来になっているとは、この地を訪ねるまで全く知りませんでした。

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【日蓮宗教意山「妙興寺」】

「長船」(おさふね)の名が全国に知られているのは刀剣の分野で、
「西の長船、東の美濃(関)」と言われています。
「真金吹く」は吉備の枕詞であり、吉備地方は古くから知られた鉄の産地。
備前鍛冶の起こりは、吉備国制圧の為に崇神天皇が派遣した吉備津彦命に随行してきた鍛冶集団が、
刀製造に適した「赤目(あこめ)」と呼ばれる砂鉄が豊富な吉備国にとどまって、土着したというのが定説ですが、
遺跡や古墳などから判るように、古くから朝鮮半島との交流があった長船には、
もっと早い時期から鍛冶技術が伝わっていたと推測できます。
個人的には、吉備津彦軍の鍛冶集団と先住の鍛冶集団との技術交流が、備前鍛冶の基底になったのだろうと思います。

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【長船鍛冶の菩提寺、真言宗宝城山「慈眼院」】

備前国の中でも、長船一帯に、古備前や福岡一文字と呼ばれる鍛冶集団が集住した背景には吉井川の存在があります。
刀の原料の砂鉄は花崗岩地帯に多く、比重が重い為、大雨や洪水で土砂が流れ出た後に地表に表れます。
川の近くまで山が迫り、土砂の流出が多い場所では砂鉄の採取が容易になります。
また、刀の鍛錬工程で、最も重要な焼き入れでは、真っ赤に熱した鉄を冷やす為、良質の水が不可欠です。
刀の質を安定させるには、一定の水温が必要で、春分と秋分の日前後の温度が最適とされますが、
気候が温暖で安定している地方では、その最適期間が長くなるのです。
さらに、鍛錬に必要な松炭は山中の炭焼窯で生産されますが、陸上交通が発達していなかった昔は舟運が唯一の輸送手段。
原材料をつくることから手掛けた古代の刀匠は、舟運を利用しやすい土地を選びました。
これらの条件をどれも十分に満たしているのが、吉井川であり長船の地だったのです。

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【吉井川】 

今日まで現存している刀剣の多くが備前刀であり、
国宝や重要文化財に指定されているものの約半数がこの地で生産されたものだそうで、
そのことからも、「備前長船」の生産量と質の高さを知ることができます。

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犬養木堂の書による「造剣之碑」】

武器として栄えた日本刀は、戦乱の世が終わりを告げると共に徐々に衰退してゆきます。
秀吉の刀狩り、徳川幕府の泰平、明治の廃刀令。
長船の刀匠も一人また一人といなくなり、千年の歴史を誇る備前鍛冶の歴史は幕を閉しるかに見えました。
しかし、武士にとっては、日本刀は単なる刃物ではなく、心の支えであり、神聖なもの。
その精神は受け継がれ、日本刀は優れた文化財、美術工芸品として蘇りました。
攻撃的な殺傷の武器であった刀を、芸術に昇華させたのは刀匠の気高い精神でありました。

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【備前おさふね刀剣の里】

現在、長船では再び刀づくりが行われています。
「備前おさふね刀剣の里」という、国内でも珍しい日本刀専門の博物館が建てられ、
そこに隣接する鍛錬場で、古式ゆかしい日本刀の公開鍛錬が行われています。
この日は残念ながら観る事は出来ませんでしたが、伝統を継承する輝かしい炎が再び燃え上がったことは、
大変意味深く、素晴らしいことだと思いました。

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