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2006年12月 6日 (水)

湖東に集う

今週(12月3日)の日曜日に、所属するカメラサークルの撮影会があり、久しぶりの参加。
岡山に赴任して以来、土日に休みが取りにくくなり、しばらくの間参加できずにいましたが、
年内最後のチャンスということで、虚実織り交ぜた口実で休みを取り、カメラを担いで出かけました。
撮影地は琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西麓にある通称「湖東三山」。
湖東地方の彦根から八日市の間に、南北3~5kmの間隔で千年以上の歴史を誇る3つの名刹が並んでおり、
これを総称して「湖東三山」と言います。
いずれも広大な境内をもち、その昔、多数の僧兵を擁し、自衛の為に武力をもって闘った天台寺院であります。
今回は、紅葉(の名残り?)を狙って、北から順番に三山を回りました。

T_imgp9117_2 【西明寺三重塔】

湖東三山、一番北のお寺は、龍応山西明寺。
平安時代の初期、承和元年(834)に仁明天皇の勅願により 三修上人が創建した古刹です。
平安、鎌倉、室町の各時代を通じて祈願道場、修行道場として栄えました。
往時は、17のお堂、僧坊があり数百人の修行僧が居住した大寺院であったと言われています。
戦国時代、織田信長に抗したため、比叡山焼き討ち直後、ここも焼き討ちにあいましたが、
本堂、三重塔、二天門は火災を免れ現存しています。
中でも本堂は、釘を一切使わない鎌倉時代の代表的な純和様建造物で、国宝第一号に指定されています。
上の写真の3重塔も同じく、鎌倉時代後期の純和様建築。
屋根は檜皮葺き、総檜造りで、国宝に指定されています。 
今回は拝観できませんでしたが、鎌倉期のものとしては国内唯一の極彩色の壁画が塔内壁に描かれています。

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【金剛輪寺石地蔵】

湖東三山真中のお寺、金剛輪寺は、秦川山(469m)の西腹にあり、寺域が17,000k㎡にも及ぶという巨刹です。
天平13年(741)、聖武天皇の詔勅で行基菩薩が開山したと伝えられおり、
以来、天下泰平の祈願寺として栄え、延暦寺の慈覚大師によって、西方阿弥陀仏の信仰が教化され、
学問僧が集まる天台の大寺院となりました。
拝観料(500円)の支払いを済ませ、石畳の道を進み総門をくぐると、休憩所(食堂?)があり、そこで昼食タイム。
とろろ御飯とおそば、こんにゃくの味噌田楽のセットを食して、御代は1050円也。
味は兎も角として、観光地にしては良心価格ではないかと思いました。
そこを出るとすぐに、三重塔へ通じる石段があり、その両脇には風車が供えられた無数の石地蔵が並んでいました。
長い石段を登り、二天門(国重文)をくぐると、国宝の本堂が「大悲閣」の額を掲げ、どっしりした姿を現します。
幾多の戦火をくぐってきた凄みを感じさせる、実に立派な本堂でした。
総門まで戻ると、左手に「本坊明寿院」の門と庭園入口の案内があり、
門をくぐると見事な池泉回遊式庭園が広がっています。
桃山(南庭)、江戸初期(東庭)、江戸中期(北庭)の三庭からなり、
園内の紅葉は、血のように赤く染まることから「血染めのもみじ」といわれています。
当日は見ごろも過ぎ、残念ながら「血染め」が「かさぶた」の様になっていました。

T_imgp9248_1  【喜見院の庭園】

一番南に位置する釈迦山百済寺(ひゃくさいじ)は、 三山の中で最古のお寺。
推古朝の西暦606年、聖徳太子によって創建された古刹で、
渡来人のためのお寺として始まったとも言われ、「百済寺」の寺号もその名残といわれています。
塔坊は、百済の梵閣「龍雲寺」を模して建てられたと言われており、
開闢の法要は高句麗の高僧恵慈によって行われ、その後の供養は百済の高僧道欣が任ぜられました。
やがて比叡山に天台宗が開創されると、天台の寺院となり寺域も拡大。
塔頭300余坊を擁する荘厳な大寺院となり、「湖東の小叡山」と称されるようになりました。
しかし、自火を含め3回の火災に遭い、天正元年(1573)の信長による焼き討ちでは全山が灰となってしまいました。
江戸時代に入り、天海僧正の高弟により塔坊の復興が進み、領主井伊直孝の援助もあって、
現在の本堂、仁王門、山門などが再建されました。
本坊喜見院の庭園では、東方の山々を借景に、湖東平野や湖西の山並みが眼下に展望できます。
本坊庭園から出て荒い石段を登ると仁王門、さらに登ると、
檜皮葺きの入母屋造りで、正面に軒唐破風がついた落ち着いた本堂に辿り着きます。 
本堂脇には、鐘楼があり、誰でも鐘が撞けるようになっています。
私も撞かせていただきましたが、見事な余韻が全山に、また自身の煩悩だらけの心の底にも響き渡りました。

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【西明寺境内の落ち葉】

撮影会全行程を終え、最後の仕上げはJR草津駅近くの焼肉屋で懇親会。
参加者8名の内訳は、地元滋賀より1名、大阪より2名、兵庫より1名、名古屋より3名、そして岡山から参加の私。
普段はそれぞれの地元で、それぞれの日常を抱えた人たちが、
ただ写真を撮るという事だけで集まり、その後は写真やカメラ談義で杯を交わす。
誰に何の得があるのかといえば、全く無し。
冷静に考えれば、変わった人たちだなぁと思います。
しかしながら、なんとも言えない楽しさで宴は過ぎてゆくのです。
全行程どんより曇り、ときおり小雨がぱらつく生憎のお天気でしたが、
私の写真の出来以外は、大いに収穫ありの一日でした。

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コメント

こんばんは(^ ^)/
天気がいま一つ良くなかった様ですね。紅葉の盛りも少し過ぎていたとのこと、残念でした。
血染めのモミジは見てみたかったなぁ~・・・orz
二枚目・三枚目は良いですねぇ !!
風車の赤が綺麗に出ていて鮮やかです。
庭園の方は子供たちの配置が絶妙で楽しそうな雰囲気が伝わってきます。一番右側の子が切れちゃっているのが残念でしたね。

左サイドに貼ってあるアルバムを見ました(^ ^)/
やっぱ只者じゃないでしょ~ !!!

投稿: tsuduura | 2006年12月 6日 (水) 19時40分

tsuduuraさん
コメント有り難うございます。
この日は生憎のお天気で、写真もアップに困るほどの不作。
まだまだ、修行が足りませんね。
しかし、お散歩ネットの面々と久しぶりに御一緒できて、楽しかったです。
tsuduuraさんとも、いつかどこかの撮影会で御一緒できれば嬉しいです。

投稿: yufuki | 2006年12月 7日 (木) 16時17分

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