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2006年8月28日 (月)

日生の漁港

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本日は、岡山県の南東、兵庫県との県境近くにある備前市日生町に行ってきました。

日生(ひなせ)町は、背後を山に囲まれた狭い平地と、瀬戸内海に浮かぶ大小13の日生諸島からなる、

瀬戸内特有の温暖な気候に恵まれた美しい港町です。

以前は町として独立の行政単位でしたが、小泉内閣の平成の大合併政策に乗っかり

2005年3月22日に(旧)備前市、吉永町と合併し、現在は「新・備前市」に組み入れられています。

写真は、漁港に隣接した日生町漁協の市場でのセリの様子を撮ったものです。

独特の掛け声の下で、水揚げされたばかりの魚が次々と競り落とされていました。

魚種はアナゴ、小鯵、シャコ、小エビ、ワタリガニなどの他にも大小多種に及んでいて、

魚の知識が不足している私には、よく判らないのも沢山ありました。

また、漁協の市場の隣には「五味の市」という小売販売場があり、

早朝に水揚された新鮮な魚が、平日は9:00頃から、

漁師のおかみさんたちの手で威勢よく売られています

「五味の市」は40年以上の歴史があり、以前は港の脇の路上に市が立っていたそうですが、

今は専用の別棟が完成し、その中での営業となっています。

この日は、水揚げ自体が悪かったのか、それとも平日はこんなものなのか、

店頭で売られている魚も少なく、お客さんのほうも疎らでした。

ここに来る前に、岡山市出身の方から「日生の魚は安くて美味い!」と聞いていましたが、

立派な建物が建ち、観光客相手になってしまったせいか、あまり安くは無い気がします。

この日だけの印象でしかありませんが、市価より1~2割安く買える程度ではないかと思います。

鮮度を考えると安いのかもしれませんが、岡山市内からでも車で約一時間。

ちょっと考えてしまいます。

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2006年8月25日 (金)

岡山駅西口

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今日は、JR岡山駅のお話です。

JR岡山駅は本州と四国の連絡口としての機能を持ち、山陽新幹線の全列車が停車する中国地方有数のターミナル駅です。

岡山市内にはJRの路線が6本(山陽本線/山陽新幹線・赤穂線・宇野線・瀬戸大橋線・吉備線・津山線)走っており、

その中心にある岡山駅は交通の結節点となっています。

四国方面へは快速「マリンライナー」(岡山~高松)をはしめ、

エル特急「しおかぜ」(松山方面)、「南風」(高知方面)、「うずしお」(徳島方面)などが発着し、

本州内にも、山陰方面にエル特急「やくも」(出雲市方面)、特急「スーパーいなば」(鳥取方面)などが発着しています。

その他にも岡山市内には駅が27あって、その都市間の輸送も担っており、

快速「サンライナー」(岡山~福山)の始発駅でもあります。

また、全国のJRの駅の中で、ここ岡山駅にしか残っていない珍しい機能もあります。

2006年現在で、日本の鉄道駅では唯一岡山駅だけが「赤帽のいる駅」となっています。

赤帽(ポーター)とは、旅客の手荷物等を駅構内から待合室や客車等に運搬代行する職業で、

その昔には、履物は地下足袋、脛にはゲートルを巻き、濃紺の詰襟の上着に赤い帽子を被っていたことから赤帽と呼ばれ、

時刻表には赤帽が配置されている駅が表示されていました。

利用したことは無いですが、現在の運搬料は、大小にかかわらず荷物1個500円だそうです。

駅からの出口は東西2箇所にあり、今日の写真は西口の写真です。

出口が東西と言うことは、ホームは南北を向いており、北側が大阪方面、南側が広島方面になります。

これは、岡山駅の少し手前から山陽本線/新幹線の線路がゆっくり90度カーブしている為で、

岡山から見て大阪は東、広島は西という先入観がある私は、駅のホームは東西(実際は南北)方向という感覚が抜けずに、

いまだに岡山市内の方位表示に違和感が残っています。

広島に向かって左側の東口は、ターミナル駅にふさわしい(?)味も素っ気も無い見栄えですが、

写真の西口には、まだ全国で赤帽子さんが活躍していた時代の面影が残る駅舎があります。

ただ、現在JR岡山駅の改良・橋上化工事(2007年度完成予定)が着々と進んでおり、

この古い駅舎や赤帽制度がいつまで残るかは、風前の灯のような気がします。

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2006年8月20日 (日)

栄華の面影

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児島半島の最南端に、下津井という港があります。

瀬戸大橋が本土から海へ伸びていく付け根にあり、本土と四国の距離が1番近い場所なので「西国の喉首」と呼ばれ、

古くから瀬戸内海航路の要衝として発展してきたところです。

本日の写真は、その下津井に今も残る廻船問屋の建物を修復し、

港の歴史、文化、観光情報を紹介する施設として再生した、「むかし下津井廻船問屋」という資料館を撮影したものです。

江戸時代の下津井はたいそう大きな商港で、西日本各地の商船はもとより、有名な北前船が寄港しました。

北前船とは、北海道、奥羽、北陸の漁獲物・特産物・米などを大阪や瀬戸内海に運び、

帰りには近畿、瀬戸内の特産物を持ち帰った北国の船のことで、

500~1500石の船で数十隻の船団を組み、日本海・瀬戸内海を積荷を売買しながら航海しました。

「動く海の総合商社」とも呼ばれ、一航海一千両の利益といわれる程、その稼ぎは大きかったそうです。

備中・備前の海岸部は江戸時代から干拓が進められ、一大農作地帯となっていたため、大量の肥料を必要としました。

その肥料を供給したのが、ニシン粕やニシンを運んだ北前船でした。

北前船の寄航により、町には廻船問屋をはじめ、ニシン蔵・宿屋・料理屋・遊郭などが軒をつらねるようになり、

大勢の船乗りたちが上陸し、また物見遊山の旅人や文人墨客たちが離合集散して、

経済的にも文化的にも岡山城下を凌ぐ賑わいでした。

しかし、下津井港の最盛期は江戸時代から明治中期までで、

それ以降、鉄道の発達や人造肥料の出現により北前船の運航が役割を終えました。

これに伴い、下津井の商港としての機能はその役割を終え、

以後は地方の一漁港となり、経済や歴史の表舞台からは姿を消すことになりました。

これらの時代の繁栄の名残が、約100年を経た今も下津井のあちらこちらに見られます。

なまこ壁、白漆喰壁、格子、虫籠め窓、せがい、卯建、持送など、当時の様式が現在の町並みの中に溶け込んでいます。

下津井の町を歩いてみると、往時の繁栄の残像を容易に発見することができます。

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2006年8月18日 (金)

Bridge Over Troubled Water

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今日の写真は瀬戸大橋です。

とは言っても、瀬戸大橋というのは通称で、5つの島(櫃石島・岩黒島・羽佐島・与島・三つ子島)に架かる、

6つの橋(下津井瀬戸大橋、櫃石島橋、岩黒島橋、与島橋、北備讃瀬戸大橋、南備讃瀬戸大橋)と、

それらを結ぶ高架橋を総称して瀬戸大橋と呼んでいます。

写真にあるのは、最も本州側に架かる下津井瀬戸大橋で、橋のほぼ中央が香川県と岡山県の県境です。

この橋の全長は1447m、主塔の高さは149m、橋桁から海面までは31mもあります。

本州と四国を結ぶ橋の構想は古く、明治時代まで遡ります。

当時の香川県議会議員大久保諶之丞が、瀬戸大橋架橋を初めて提唱しましたが、存命中は法螺吹き扱い。

しかし1955年に国鉄の連絡船紫雲丸の事故が起き、時を経て大久保議員の提唱の先見性が評価され、

香川県議会が「宇高連絡鉄道建設促進に関する意見書」を国に提出しました。

工事は認可されたものの、石油危機により工事の着工は遅れ、

事故から23年後の1978年にようやく瀬戸大橋起工式が行われました。

1987年には、すべての橋桁が閉合し、工期10年目の1988年にやっと全線が開通しました。

総工費はなんと11,338億円!

瀬戸大橋が架かる児島・坂出ルート、尾道・今治ルート(しまなみ海道)、神戸・鳴門ルート(神戸淡路鳴門自動車道)と、

3ルートある本州四国連絡橋(本州四国連絡道路)の建設資金の大半は借入金によって賄われましたが、

どのルートもかなり高額な通行料が災いして、開通後の通行量が見込みを大幅に下回りました。

結果、通行料金収入が不足し、借入金の返済が思うように進まない財務状況に突入。

赤字垂れ流しの本州四国連絡橋公団の健全化は、国の急務となりました。

現在は、本州四国連絡橋公団は民営化され 本州四国連絡高速道路株式会社となっていますが、

民営化後も毎年、4000億円の税金が注ぎ込まれています。

4000円置くじゃなく、4000億円!

気が遠くなりそうな金額です。

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2006年8月16日 (水)

幻想庭園

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岡山市の岡山後楽園で7月29日の夜から、園内をライトアップする「幻想庭園」が始まりました。

昼間では見られない幻想的な後楽園を楽しめる、真夏の夜の恒例の人気イベントです。

私が園の駐車場についたころにはもう相当な人出で、既存の駐車スペースは満杯状態。

入場門からかなり離れた、旭川河川敷の特設駐車場に車を入れました。

相当歩いたのでうんざりしていたのですが、一歩園内に入ったらその美しさにうんざりも吹っ飛びました。

ろうそくの明かりや各種照明でライトアップされた園内は、まさに幻想庭園。

何度か訪れた昼間の端整な顔とは別の、妖しい魅力の後楽園がそこにありました。

園内を流れる曲水に浮かべられたLED(発光ダイオード)の青い光の揺らめきがなんとも印象的で、

何とかカメラに収めようと苦闘しましたが、結果は惨敗。

手持ちの装備では夜景撮影に限界を感じました。(腕の問題やろ!)

期間中(8月6~15日)のみ設けられた園内の特設ステージでは、

歌手の佐藤竹善さんや女性ボーカリスト・カノンさんのステージ、

地元ジャズバンドによるジャズフェスティバルや、岡山バレエカンパニーによる創作バレエなどが、

連日日替わりで披露されていました。

また、ステージ外でも投扇興・貝合わせの体験会やお茶会のほか、

浴衣を着ると入園が無料になる「ゆかたDAY」など、さまざまな企画がこれからも準備されています。

その他にも、芝生の上のビアガーデンや後楽園オリジナルカクテルが楽しめる「BAR幻想」など、

飲食ブースも充実しており、人気もうなずける盛りだくさんな内容です。

今年は8月末まで期間が延長され、前期が7月29日~8月16日まで、後期が8月17日~31日。

期間中は開園時間が午後9時半まで延長されます。

コレだけの充実した内容で、入園料は大人350円で通常と変わりません。

なんと良心的なイベントでしょうか。

ゆっくり静かな夜の後楽園を堪能したい方には、大きなイベントなどが終了した8月27日以降がお勧めだと言うことなので、

もう一度、行ってこようと思っています。

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2006年8月14日 (月)

相互交流の場

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今日は仕事がお休みで、岡山ファーマーズマーケットに行ってきました。

岡山ファーマーズマーケットは、都市と農村、消費者と生産者の交流を促す目的で、

岡山県が造った農業体験施設で、平成9年4月21日に開園しました。

県南の岡山市灘崎町にサウスヴィレッジ、県北の勝央町にノースヴィレッジがあり、

今日訪れたのはサウスヴィレッジのほうです。

生産者と消費者が交流出来るファーマーズハウスをはじめめ、朝市のような雰囲気のロードサイドマーケット(産地直結の市場)、

農作業を体験する農園牧場などの園内施設で、農林水産物を作る・食べる・ふれあうことができます。

園内の建物は、来園者が異国情緒を楽しめるよう、しかも特定の地域に限定せず、

いろいろな地域を巡ったような気分を味わえるようにという意図で、ヨーロッパ各地の建物をモチーフにして整備されています。

瀬戸内の明るさを地中海にオーバーラップさせ、

建物の外観を白い漆喰塗りで統一し、イタリアの教会風の米と酒の館、

南イタリアのアルベロベッロのとんがり屋根のクラフト工房、ギリシャ風の風車、

スペインの民家を模したモデル農家(宿泊施設)などが配置されて、南ヨーロッパ各地の街並みを演出しています。

このように書くと、なんだかとてもいい施設のようですが、個人的な感想としてはイマイチぱっとしないという印象でした。

まず、入園料、駐車料が無料と言うのは有難いですが、

施設全体に手が入っておらず、雑然とした感じでお世辞にも美しいとはいえない状態でした。

園内の建築物もイメージだけ模した安普請で、とても異国情緒が味わえるといったものではありません。

大体、異国もくそもイタリア・スペイン・ギリシャがごちゃ混ぜでは、安易すぎて悲しささえ漂ってきます。

生産者と消費者の交流が主眼の施設であるはずが、売買の場であるロードサイドマーケットだけが活況を呈していました。

幾ら掛かったかは知りませんが、多大な税金をかけて広大な敷地の産直の売り場を造ったという感じでした。

しかし、入場料無料でどうやって運営してるんでしょうか?

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2006年8月10日 (木)

海面を滑る

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今日の写真は、今月の初めに小豆島を訪れたときに写したものですが、

撮った日から昨日まで、「この人は水上スキーを楽しんでいる」と思っていました。

しかし、昨日大阪の我が家に帰ったとき、高校生の息子から「コレはウェイクボードや」と教えられました。

ウェイクボードは水上スキーに似ていますが、サイドウェイスタンスといって、

進行方向に対し横向きの姿勢をとることが大きな違いらしいのです。

スノーボードの水上スキー 版と考えるとわかりやすいと思います。

ウェイクボードの楽しみ方は、ボートからの曳き波を使ってエアやトリックを行うことらしく、

サマースノーボードといわれるほどその感覚に共通点が多いそうです。

ウェイクボードの歴史はまだ浅く、アメリカで第1号が生まれたのが1984年頃。

「波がない時でもサーフィンしたい!」

「じゃあ、サーフボードをボートで引っ張ってみよう!」

という素朴な発想がウェイクボードの始まりで、当時は「ウォータースキーボード」と呼ばれていました。

一方、水上スキーの始まりは諸説ありますが、1922年アメリカ・ミネソタ州のペピン湖で、

ラルフ・W・サミュエルソン(18歳)が滑ったのが定説となっています。

スポーツ化はヨーロッパが早く、1949年に第1回世界水上スキー選手権大会(南フランス)が開催され、

世界選手権はそれ以来、隔年に開催されています。

ウェイクボードや水上スキーをモーターボートや水上バイクに引っ張ることをトーイングと言い、

水上スキーの高速トーイングにくらべウェイク ボードでは、24km/h~32km/hの低速でトーイングします。

したがって転倒時にショックが少なく、比較的安全に楽しめるのはウェイクボードの方で,

歴史のある水上スキーを追いやって、年齢や性別を問わず人気が急上昇しているのだそうです。

普段、家族の前では若ぶっている私としては、ウェイクボードと水上スキーを混同していたこと、

おまけに息子から間違いを指摘されたことが、水上で転倒したぐらいにショックでした。

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2006年8月 7日 (月)

岡山最大のお祭り

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8月3日(金)から4日(日)までの3日間、岡山市内中心部で、一年中で最大のお祭りが行われました。

私自身は、この週末はずっと仕事でしたが、会社の窓のすぐ下がお祭りのメインストリート。

カメラを持って駆け出したいのをこらえるのが辛く、ほんとに長い3日間でした。

お祭りといっても宗教色はなく、全くの「市民祭り」で、

岡山を代表する3つのお祭り(納涼花火大会・岡山桃太郎祭り・“うらじゃ”踊り)が順番に3日間行われます。

この3つのイベントを総称して、「桃太郎祭り」というのかと思っていたら、

元はそれぞれが別個のお祭りで、期日をあわせるようになってから今年で3回目になるそうです。

初日の納涼花火大会は打ち上げ数5000発を1時間半もかけて打ち上げるのんびりした花火大会で、

大阪近郊のド派手な花火大会に慣れている者には、いささか間延びの感があります。

2日目の桃太郎祭り(今年6回目)は官製のお祭りの感じが強く、

警察や消防のブラスバンドや、中学・高校のバトン部やダンス部等のパレードがメイン行事です。

3日目の“うらじゃ”踊り(今年13回目)は、鬼(温羅)をイメージした奇抜なメイクと衣装が特徴の、

いわゆる「よさこい」系のダンスイベントで、100を超えるグループが参加しました。

3つの別の行事が期日を合わせるようになったのは、年々盛り上がる“うらじゃ”を、

地味な県や市、商工会議所中心の桃太郎祭りが目玉として取り込んだんじゃないかと想像します。

祭り全体を通しての感触は、“うらじゃ”だけは相当な熱気でしたが、他2日間はいまいちの印象です。

会場が市内各地に分散していて、それぞれに地元放送局(山陽放送、岡山放送、テレビせとうち)が張り付き、

統一感の無い打ち出しをするのが大きな原因ではないかと思います。(たとえば局のキャラクターとか・・・)

せっかく3つの祭りを期間集中で合わせたのに、

一体感がまるで無く、結局3日間トータルの総称すらよくわかりません。

県外からも観光客を呼べるイベントになるには、まだまだ時間がかかりそうです。

(写真は昼休みに食事に出たときに、“うらじゃ”のステージが終わり、ホッと休憩中の皆さんを撮らせていただきました。)

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2006年8月 5日 (土)

海の男

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今日の写真は、先日乗り合わせたフェリーの船員さんです。

「海の男」というイメージがぴったりの凛々しい働きぶりに、思わずシャッターを切りました。

海運従事者の中でも、国内の港と港を結ぶ船舶内の職務に従事する船員さんは、内航船員と呼ばれていて、

外国航路の船舶での労働と比べると、出入港が頻繁にあることから、

技術的にも体力的にも優れた人材が求められます。

したがって、世界中で評価の高い日本の海上技術の継承の場は、

今や外航海運から内航海運へ移りつつあるそうです。

しかしながら船員さんの世界も高齢化が著しく、深刻な若手船員の不足という問題があるようで、

写真の船員さんのような20歳代~30歳代の方の構成比は30%にも満たない状況です。(全日本内航船員の会調べ)

多くの貨物船では、関連の法律ぎりぎりの少数定員で運航されおり、若年船員を教育する余裕もなく、

年金受給者を「もぐり」で乗船させる低コスト運航も、実際には行われているらしいです。

歴史的に海上技術は、海洋国の先人達の船員気質に支えられて発展してきたもので、

その気質が「労働契約の概念」とは異質のものであったがために、事態悪化に拍車をかけています。

しかし、こうした高齢者船員がいなければ、日本の物流がたいまち滞ってしまうが実態のようです。

早急に即戦力となる若年船員を育成する必要に迫られている船員さんの状況は、

大量定年退職時代を数年後に控えた、各企業が迎える問題の先取りの構図だと思いました。

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2006年8月 3日 (木)

瀬戸内のミロス島

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赴任後初めて大阪から家族が遊びに来たので、

新岡山から両備フェリーで1時間10分揺られ、小豆島に出かけてきました。

小豆島は、瀬戸内海の中で2番目に大きい島(一番は淡路島)で、

香川県小豆郡内海町・池田町・土庄町の3町からなり、

周囲140km、面積約170平方km、人口およそ4万2千人の島です。

気候はいわゆる瀬戸内式気候で、温暖で雨が少なく低湿なのが特徴です。

その気候風土や島の大きさなどが似ている所以か、ギリシャのミロス島と姉妹島縁組を結んでいます。

名産品のオリーブや醤油の他、壺井栄の名作「二十四の瞳」でも知られていて、

「岬の分教場」をはじめ、島内にはたくさんの観光スポットが点在しています。

また、寒霞渓などの美しい景観や、マリンスポーツなどの施設も充実しており、

例年なら、観光客やレジャーを楽しむ人々で賑わっているはずです。

しかしながら、宿泊したホテル「観海楼」のフロントマンの語るところによれば、

今年は近年まれに見る人出の悪さだそうで、

そう言われて見れば、フェリーの客室もガラガラ状態でした。

理由は、今年になって小豆島に就航している全社全航路で実施された、フェリー運賃の一斉値上げが大きいようです。

岡山からのフェリー運賃は片道大人835円/小人420円、車一台(5m以上~ 6m未満) 7340円 でしたが、

特に車の運賃が大きく上がったようで、片道1000円以上(以前の運賃はわかりません)になるそうです。

原油価格の高騰で、ガソリン価格も騰がり、船代まで騰がって、マイカー客が激減する事態に至っています。

小豆島の観光産業にとっては深刻な打撃だとは思いますが、

我が家族にとっては、人出が少なく空いているのは悪い話ではなく、

海水浴場はガラガラ、ホテルのプールなどは貸しきり状態。

子供達にとっては、最良の状況でした。

ホテルマンの渋い顔とは反対に、子供達は笑顔いっぱいで島を後にしました。

(写真は、「観海楼」3Fの客室からの眺めを撮ったものです。)

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