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2006年6月30日 (金)

幸福のお裾分け

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岡山市には、金沢市の兼六園、水戸市の偕楽園と並んで、

日本三名園のひとつに数えられる、後楽園があります。

岡山藩主池田綱政公が、家臣の津田永忠に命じて造成させた池泉回遊式日本庭園です。

貞享4年(1687)に着工、完成したのは元禄13年(1700)で、

その後何度か、時の藩主の好みで手が加えられましたが、

江戸時代の姿を大きく変えることなく現在に伝えられています。

岡山市内を流れる旭川の中洲にあり、対岸には岡山城の天守閣がそびえています。

岡山城天守閣周辺から旭川の河川敷、そして対岸に広がる後楽園一体は、

市街地とは思えない落ち着いた雰囲気があり、平日でもたくさんの人が訪れています。

今日の写真は、今月の26日に後楽園を訪れた際に撮った、

新婚ほやほやと思しきカップルです。

後楽園には結婚式場は併設されていないので、

付近にある結婚式場から記念撮影のためにやってきたのだろうと思います。

天気はあいにくの小雨。

式場職員らしきおじさんと式場カメラマン、レフ板と機材を持ったアシスタントが右往左往していました。

衣装を濡らしてはいけないとあせる式場スタッフを尻目に、主役のお二人は幸せいっぱい、

終始マイペースで、時には写真のように見つめあって談笑していました。

私を含め周りにいた見物人は、この二人の笑顔に出会って、

しばしの間、幸福のお裾分けを頂きました。

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2006年6月29日 (木)

20日ぶりに、岡山より

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20日ぶりのブログ日記更新です。

単身赴任が決まり、ばたばたと引越しが完了したのが6月15日。

そこから、NTTの光回線の開通作業とPCの設定が完了するまでに約2週間を要してしまいました。

しかし、NTTの作業に来てくれたお兄さんの話だと、2週間はかなり早い方だということ。

電話代(携帯からはフリーダイヤルが使えない!)をかけて、交渉したかいがあったのかな?

これでようやく落ち着きました。

20年ぶりの単身生活の方は、慣れない職場環境も手伝って多忙を極めておりましたが、

ここ2~3日はようやく時間に余裕ができ、デジカメ撮影もできるようになってきました。

本日は、岡山市内を流れる旭川の河川敷をお散歩カメラしました。

旭川は、岡山県真庭市の朝鍋鷲山付近、蒜山高原を源流とし、市内東部を通って児島湾に注いでいます。

有名な後楽園はこの川の中流域の中州に作られた庭園です。

写真は、国道2号線岡山バイパスの旭川大橋付近で、

梅雨時で水量が増した流れの中で、鷺たちが落ちてくる魚を狙っている姿を撮ったものです。

岡山の鷺は、大阪の鷺よりかなり用心深く、これ以上の接近はできませんでした。

「久しぶりの更新はいい写真を!」と思っていたんですが、

現実は厳しく、住む場所が変わっただけでは、写真の腕は上がる筈もありません。

しかし、たった20日間カメラを持っていなかっただけなのに、なんだかとても楽しかった。

「これは、やはり、かなり相当、はまってるな・・・」と改めて思いました。

これからも、縁あってやって来た岡山の地で、どんどん撮り続けて行こうと思っています。

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2006年6月 9日 (金)

任地に赴く

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写真は、6月3日に出張で岡山市内を訪れた際に、携帯電話で撮影した岡山城です。

このときには思ってもいませんでしたが、来る6月16日付けで岡山市内にある事業所に転勤することになりました。

嫁さんの仕事や子供たちの学校の事を考えると、単身赴任という選択になりそうです。

私が籍を置く会社においては、単身赴任は殆どの人が一度は経験すると言われていますが、

まさかこんな中途半端な時期(定期は3または9月)に自分にお鉢が回って来ようとは思ってもいませんでした。

未だ住む場所すら決まっていませんが、これから数週間はバタバタ忙しくなりそうです。

一人で暮らすのは、社会人1年生から結婚するまでの3年間以来20年ぶりで、今回が2度目の経験になります。

単身赴任を英語に直すと“Business Bachelor”。

直訳すると“仕事独身”って事で、いささかわびしい感じがします。

この年になって、独身やもめ生活が出来るのか不安はありますが、

掃除・洗濯・ご飯炊きを頑張ってこなしたいと思っています。

落ち着くまでは大好きな写真をゆっくり撮るのは難しそうですが、

暇を作って、少しずつでも撮り続けたいと思っています。

先天的楽天症ぎみの私は、実を言うとファイダー越しに見る後楽園や吉備津彦神社、

倉敷の街並みや瀬戸内海に落ちる夕日を、赴任前の今から楽しみにしています。

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2006年6月 7日 (水)

似て非なるもの

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今日の写真は、先日訪れた山田池公園で撮影した花菖蒲(はなしょうぶ)です。

花や草木に関する知識がまるっきり不足している私は、花菖蒲がまさか菖蒲(しょうぶ)と別物であるとは、

今日の今日まで知りませんでした。

花菖蒲は菖蒲と葉の形が似ていて、綺麗な花を咲かせるので「花」菖蒲と名づけられたそうです。

名前の元の菖蒲のほうは、サトイモ科の植物で、なんとも地味で目立たない花を咲かせます。

花菖蒲は菖蒲は、名前の文字と葉の形は似ていますが、花を見ると区別は簡単につきます。

では、あやめと杜若と花菖蒲の区別はどうでしょう?

私には、全く区別がつきません。

3つともあやめ科に属する植物で、姿かたちが非常に良く似ています。

見分け方を調べてみると、葉脈の形状をみると一番簡単だそうです。

杜若は中央の筋が無いのが特徴で、あやめは中央に筋があるが目立たない、

そして花菖蒲は太い筋が中央に隆起しているのが特徴です。

適地については、あやめは乾いた土に生えますが、杜若と花菖蒲は水辺の湿地に生えます。

開花時期はあやめと杜若が5月、花菖蒲が6月と多少のズレがありますが、

地域によって咲く時期が違うようなので、よけいに混同されるんだと思います。

以上が今日勉強したあやめ科植物の知識ですが、この年になるまで全く知らなかったし、知ろうともしませんでした。

縄文時代末期に日本列島に伝来した稲作は、非常な速さで各地に普及しましたが、

古代においては暦がなく、農耕の指標は季節の花でした。

稲作には水が必要で、雨を待つ農耕の民はあやめ科の植物の開花を見て、

梅雨の到来を感じたのだろうと思います。

はるか遠い昔から農耕民族である私たちの祖先は、

桜の花を見て、苗床を耕し、もみを蒔き、花菖蒲の花をみて、田植えの時期を知るといったような、

農耕と花とが密接に関連した、研ぎ澄まされた季節感を養ってきたんだなぁと思うと、

季節の花に関して不勉強であった自分が、少し恥ずかしくなりました。

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2006年6月 6日 (火)

街の田んぼ

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我が家の近所にある田んぼでも、田植えが行われました。

このあたりは数十年前までは一大農作地帯で、米作や綿作(河内木綿)が盛んに行われていました。

しかし、昭和30年代以降は田畑の宅地化が急速にすすみ、現在は写真のような田んぼが虫食い状に点在しています。

かく言う我が家も、田んぼを潰して造成された小規模建売住宅であります。

写真を撮りだしてから初めての田植えの時期なので、その様子を是非撮りたいと思っていましたが、

ふと考えると、いつ行われるのか全く情報がありません。

普段からご近所づきあいが度を越して盛んな我が嫁に聞いても、農作業情報は皆無に等しいのです。

嫁に聞くところによると、古くからの地主(田畑の元の持ち主)さんは、

少し離れた大きな蔵のあるような農家が集中している地区に住んでいて、

私たち建売族とは深い交流がない様なのです。

情報がないので予定を立てたることも出来ず、休日は花鳥撮りに精を出しているうちに、

気がつけば田んぼに水が入り、あっという間に田植え完了。

ここに越してきて10年になりますが、我が家のすぐ近所の田んぼが、

どなたの田んぼやらも知らないというような間柄が続いています。

なんだかさびしい気がしますが、コレが現実です。

しかし、来年の田植えまでには、この状況を打破するゾと思っています。

写真が撮りたい一心で、以前より世間を広げれられたら、

それはそれで素晴らしい事ではありませんか。

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2006年6月 5日 (月)

姫女苑の思い出

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写真の、なんとも愛想のない蜂が止まっている、白いかわいらしい花が今日の主役です。

名前は姫女苑(ひめじょおん)といい、どこにでもある雑草です。

原産地は、昨日書いたウシガエルやアメリカザリガニと同じく北米大陸で、

江戸時代末期に園芸用に持ち込まれました。

旺盛な生命力で全国に繁殖範囲を広げています。

この外来種の花には、幼い頃(幼稚園時代)の鮮烈な思い出があります。

その当時は名前さえ知らなかったのですが、自宅の近所の大きな空き地に、

子供の背丈(1mくらいか?)ほどに茂った姫女苑が大群生を作っていました。

一面に白い花をつけた姫女苑は、子供心にもたいへん美しく感じました。

ところが、ある日空き地の前を通りかかったら、花の姿が見えません。

あれだけ咲き誇っていた姫女苑は跡形もなく刈り取られていました。

家に帰って父親に、「なんで、空き地の花は刈られてしもたん?」と尋ねると、

「あんな花、雑草やからや」という答えでした。

雑草とは、草ボーボーの事だと思っていた私には、意味がわかりませんでした。

たったコレだけのことですが、エエおっさんとなった今でも良く覚えています。

任谷由実のアルバム「紅雀」の中に「ハルジョオン・ヒメジョオン」という、

物悲しいメロディーの印象的な曲が収録されています。

中学生の頃、それを聞いたときはヒメジョオンがどんな花か知らずにいたのですが、

あのとき刈られた白い花だと後から知って、この曲がお気に入りになりました。

「ハルジョオン・ヒメジョオン」 1978年

作詞 : 松任谷由実
作曲 : 松任谷由実

川向うの町から宵闇が来る
煙突も家並みも 切り絵になって

哀しいほど紅く
夕陽は熟れてゆくの
私だけが変わり みんなそのまま

ヒメジョオンに埋もれて くちづけをした
土手と空のあいだを風が渡った

哀しいほど紅く
川面はゆれていたの
越していった日から 顔も忘れた

哀しいほど紅く
心は燃えているの
思い出すそばから葬るくせに

哀しいほど紅く
夕陽は熟れてゆくの
私だけが変わり みんなそのまま

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2006年6月 4日 (日)

異国に生きる-2

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今日の主役は、ウシガエルくんです。

言わずと知れた、国内最大にして最強のカエルです。

非常に体の大きいなカエルで、大きいものは体長20cmを超えるものもいます。

食べ物は大型の昆虫や小魚が主ですが、大きい奴はネズミなども食べてしまいます。

体に合せて鳴き声も大変大きく、ウシの鳴き声のような低音で遠くまで響き渡り、

我が家の近所でも、今の時期『モ゛ォ~、モ゛ォ~』とうるさいぐらいです。

濁った水場を好んで棲み、繁殖力も強いので、

環境のあまりよろしくない、我が家付近でも暮らしてゆけるようです。

このウシガエルくんの故郷は北米大陸東部地方で、日本には1917年ごろ食用として移入されました。

各地でさかんに養殖が行われるようになり、そこから逃げ出したものが野生化して、

現在のような種の繁栄を迎えています。

ちなみに、ウシガエルの餌さとして輸入されたのがアメリカザリガニで、

こちらも在来種を押しのけ、おおいに繁栄しています。

ガキンチョ時代にウシガエル釣りやザリガニ捕りに興じた人が多くいると思います。

それらは、私にとってはよい思いでであり、大切にしたいものであります。

この2種については完全に日本に帰化しているといってもいいのではないでしょうか。

前にも書きましたが、在来種を押しのけて逞しく生きているウシガエルやアメリカザリガニにはなんの罪もありません。

他の外来種についても持ち込んだ責任には蓋をして、

軽々しく「駆除」というような言葉をつかって欲しくはありません。

元を質せば、現代に繋がる日本人も列島への移入者なのですから。

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2006年6月 1日 (木)

腕白小僧

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先日訪れた天王寺公園の噴水に、たくさんの子供たちが侵入していました。

噴水の中には、「きけん!ふんすいにはいってはいけません」とか

「みずはしょうどくしていません」等の注意書き看板が立てられていましたが、

子供たちはどこ吹く風、全く意に介さず遊んでいました。

中でも、この少年は全身ずぶ濡れでやりたい放題。

しまいには、少年の妹と思しき女の子に水をかけて泣かしてしまいました。

その事で母親らしき女性から叱られても、写真の様にまたぐら越しに返事をする始末。

ほんとに、元気のいい少年でした。

母親はカンカンで、噴水のそばでTシャツとズボンを着替えさせながら、

少年のおしりをバンバンたたいて叱っていました。

この時、噴水の周りにあるベンチにはたくさんの大人が座っていましたが、

皆一様に、優しい目でこの子を眺めていました。

そういう私も、この少年に対して好印象を持ちました。

もちろん、公共のスペースで禁止事項を破って遊びまわる事は褒められた事ではありません。

その事は、子のこの母親もちゃんと言い聞かせておりました。

しかしながら、子供は元気が一番。

「最近は、おとなしく家の中でお利口に遊ぶ子供が増えている」とよく耳にしますが、

昔ながらの悪ガキがいまでもちゃんといるんだなと安心したりしました。

かつて、丸大ハムのCMで『腕白でもいい、逞しく育ってほしい』というヒットコピーがありましたが、

まさに、そんな気持ちでありました。

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